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全ビルマ学生連盟(A.B.F.S.U)について   ビルマにおける教育の権利

背景情報

 ABFSUは、ビルマのすべての学生運動を統括する組織です。
 以前ABFSUは、全ビルマ学生連合(ABSU)という名前でした。この組織は、1936年当時、学生であったアウンサン将軍とその他の学生のリーダーたちが指導者となって、設立したものです。当時のビルマは英国の植民地支配の下にありました。ビルマの政治史では、ABSUと学生組織は、ビルマの独立運動では、能動的で決定的な役割を果たしてきました。
 独立達成後は、ABSUは、国内の平和と和解のために積極的に国と政党に協力しました。さらに、ABSUは、政府の行き届かない教育システムに反対して、国民にふさわしい教育システムを採用するように闘いました。
 この教育システム改良要求運動対して、政府はABSUおよびその他のいろいろな学生組織に弾圧を加えました。このため、これら学生組織は地下にもぐりました。
 1950年には、ABSUを再度活性化するために、秘密の集会を何度も持ちました。その翌年の1951年になって、学生たちは「全ビルマ学生連盟(ABFSU)」を結成しました。1962年のネウィン将軍によるクーデタ後、彼は軍事支配を強化し、ABFSU、NGO、ビルマのさまざまな市民組織を、非合法化したのです。このため、ABFSUは、再度地下にもぐって、ビルマの自由・平和・民主主義のための闘争を続けることになりました。
 1988年にネウィン将軍が率いるビルマ社会主義計画党(BSPP)に対して、全ビルマの人々が大きく立ち上がりました。これが有名な「自由と民主主義のための人々の運動」の始まりなのです。1988年を通じて「ピープル・ムーブメント」で、ABFSUは重要な役割を果たしました。軍事政権は、軍隊に頼るものです。問題を解決するためには、武力を使うのです。1988年9月のことなのですが、軍事政権のソーマウン将軍は、武力で流血の弾圧を加えました。ビルマの民主主義を回復するために闘ってきたABFSUと他の民主化勢力は、地下にもぐりました。
 ABSFUによって指導された学生は、民主主義の回復のために平和的手段で闘いを続けています。世界で最も凶暴な軍事政権のひとつに対する非暴力抵抗を行ってきたABFSUに対して、ノルウェーのオスロの「学生平和賞委員会」は、「2001年度学生平和賞」を贈りました。
 2003年4月15日現在まで、ABFSUは地下組織としてビルマの学生運動を行っています。ABFSUは、刑務所に収監されている学生を釈放すること、平和と民主主義、独立した学生組織の権利、学問の自由を要求し続けてきたのです。

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