ニュース/コラム |
2007年 
- 2種類のデモ行進に見るビルマ言論の不自由 (2月27日)
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1月30日〜2月1日のデモ行進 |
2月22日のデモ行進 |
1月30日〜2月1日の3日間、ビルマ・ラングーンでデモ行進が行われました(左写真)。場所は在ビルマアメリカ大使館前と、在ビルマイギリス大使館前です。普段から大使館前で警備にあたっている警察が、このデモを制止することはなく、30人程度の人々が「アメリカとイギリスはビルマ国内の問題に干渉しないで!」「国連にビルマ問題の決議案を再提出しないで!」などのプラカードを持ち、ビラを配って行進したそうです。同月11日、国連安全保障理事会において、アメリカとイギリスがビルマ問題に関する決議案を提出したことをうけての行動でした。
このデモの様子は、ビルマ国営テレビのニュースで放送され、2月1日のビルマ国営新聞に、次のように掲載されました。「愛国心の強い人たちが、アメリカとイギリスの内政干渉に反発してデモを行いました。これは、法律に定められた平和的なデモでした。愛国心の深い人たちは、このようなデモを応援してください」。
同様のデモは、2月13日東京の米英両国大使館前で、日本人によっても行われました。2月14日のビルマ国営新聞は、この東京のデモを写真入りで大きく掲載し、「ビルマ愛好者グループがデモを行った」と紹介しました。現在、ビルマの隣国タイでも同様のデモが企画されているようで、在タイビルマ大使館から、ビルマと貿易を行っているタイの会社に、在タイ米英両国大使館前でのデモに参加する人を募る連絡が入っているそうです。
そして、2月22日にも、ビルマ・ラングーンの市街地で、50人規模のデモ行進が行われました(右写真)。参加者が手に持っていたプラカードには、「24時間、電気の供給を!」「子どもたちが、みんな学校へ行けるように!」「物価を下げて!」など、日常における基本的な生活環境の改善などを求める17の言葉が書かれていました。18年以上も、軍人が政治をしてきたために、ビルマの経済は不安定で、インフラ整備も今どき悪化している状況です。プラカードからは、そんな国での暮らしの現実が垣間見られます。
このデモ行進は、はじめ10人でスタートしましたが、行進する道端の市民から拍手がわき、飛び入り参加する人たちが出て大きくなっていったそうです。そして、市街地の中心部にあるスーレーパゴダ(寺院)の近くまで達したとき(行進開始後30分程度)、警察隊があらわれたので、人々はちりぢりに逃げていったとのことです。スーレーパゴダは、1988年に大規模な民主化デモと軍隊が衝突した歴史的な場所です。
こちらのデモ行進に関連した人は、これまでに12人、警察に身柄を拘束されました。そのなかで、2月26日現在、解放されたのは3人(日本テレビのスィンスィンアウン記者と、共同通信のミャットゥヤ記者、ビルマの雑誌「ミャンマダナ」のメイダジャンヘイン記者)で、行進に参加した9人は未だに拘束されています。今後、身柄の拘束者は、増えていくものと思われます。
なお、翌23日のビルマ国営新聞には、このデモについて次のような記事が掲載されました。「このデモを行った人たちは、後に逮捕されることで国内外で有名になり、外国からの受賞や賞金を得ることをねらっていました。この人たちは、国民が政府を嫌うための行動をおこし、また、市民の平穏な日常をかく乱したため、逮捕される可能性があります」。
もしもビルマに、言論の自由があり、平和的なデモがほんとうに許される環境があるのならば、ビルマ国民は、みんな、通りへ出てデモ行進を行うことでしょう。
後者のデモに見るように、ビルマ軍政は、市民の素朴な意見に過剰に反応しています。このような一市民の素朴な声を聞くゆとりも、聞き入れる余裕も、今のビルマ軍政にはありません。武器と軍事力で強さと権利を保持していますが、一国の民を守り育てるような強さは、軍事独裁政府にはないのです。そして、前者のデモに見られるように、自らの言葉を復唱するものだけを愛します。ビルマ国民にとっては、悲惨な現実でしかありません。 |

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